2014/07/07
正子流人生の本質に、近づく。
白洲正子さんの「たしなみについて」という本の中にこんな一節がありました。
『およそ世の中に、型にはまる、という事位理想的なことはありません。何でも型にはめさえすれば、間違いはおこり得ないのです。又、型にはまらなければ、型を破ることも出来ないのです。/若い人達は、とかく型にはまる事をいやがります。自由であること、――成程それ以上のいい事はない様です。』
これを読んだ時に、ある新聞記事を思い出した。約三年半前に読んで“これ、どういうことだろう”と気になって取っておいたもの。それは、「いま子どもたちは」というコーナーで取り上げられた、ある高校三年生の男の子の記事だった。見出しは『髪を染めた でも目立つのイヤ』。「人と違うことをしたいけど、目立ちたくはない」からということで、黒髪の内側だけを緑色に染めている男の子だ。中途半端だなぁ、というのがわたしの最初の感想。だけど、今またこの記事を改めて読んで、彼のことが理解できる気がした。正に、白洲さんの言う“若い人達”の一人なのだ。
学校という同じ枠にいる他のみんなと似たようなことはしたくない。つまり、型にはまりたくない。自由を求める。――しかし型を破ることで、その後の周りからの評価が気になる。結局、自由にはなれないことが分かってしまった。だから髪全体を緑色に出来なかったのだろう。
白洲正子さん曰く、型から抜け出すことも、「型破り」という一つの型なのだそうだ。この世に、型あらざる物などないのである。そうなると、その型から逃れられない中でいかにして自由に生きるか。
まず、“型を破ると自由が手に入る”という考え方を変えなくてはならない。型にはまる事でも自由になれるのだ。ただし型にはまる事、それ自体が受動的であったり、強制されたと感じていては、自由は手に入らない。たとえば、必須科目と選択科目。必須科目は学校側が決めたことで、自分の意志とは関係なくやらされていると感じた途端、授業をサボりたくなる。しかし選択科目だと、自分で決めたことに飛び込むことになるから、楽しむことができる。
そして次に、周りの目を気にしないことがポイントになりそうだ。髪を染めた彼の思考や行動は完全に他人を意識してのことだ。「人と違う特別なことをしたい」「だけど失敗したら恥ずかしい」「冒険せずに人に合わせておいた方が……」――自意識過剰だ。わたしもそう考えてしまうことがあるし、他人の評価を気にしないなんてそう簡単に出来ることではないけれど。この自分を評価する人間を、他人から自分に転換させてしまえば、どんな状況でも窮屈さを感じずにいられるのではないか。
つまり、すべては自分が選んだ道であり、それに対してどれだけ出来ているかは自分の中だけの評価を信じる。そうすれば、自由になれそうだ。
――こうしてやたらと“考えて悩んで”を繰り返していたら、やっと白洲正子さんのおっしゃる本質に近づけたような気がします。
『もはや私にとって、自由とは、「自由にどんな型にでもはまる」以外の事は考えられません。』
この言葉、わたしも言えるようになりたいものです。
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COMMENT
文章から奈央さんの真っ直ぐな気持ちがよく伝わってきました。世の中と何らか関係を持たねば生きていけない我々にとって自由を感じることは一番難しいのかもしれません。しかし奈央さんがおっしゃるように考えれば、他人の評価を気にせずに自分が他者へどれだけ自分が良いと思ったことを進んでやれたのかの自己評価を自由とすればもっと自由を感じることができるのではないかと思いました。長くなりすみません。
私は型を気にせず自由に生きてます でも趣味嗜好はどこにでもいるごく一般な人だと思います いい文章ですね
何でも、基礎は、大事で、そこから、自分らしい応用を 人は探していくんじゃないかと、私は思います。 要は基は、大事だと解釈しました。
自由とは自由にどんな型にでもはまる、非常に興味深かったです。貴重なご紹介ありがとうございます!!
本当1週間お疲れ様でした。 奈央さんの素晴らしいコメントで全部読みたくなりました。 めっちゃお上手です。 全部読みたかったのですが、なかなか難しいので、この「たしなみについて」をまず読みたいと思います。 人と違うことがしたい、でも目立ちたくはないって本当にそう思います。 他人の評価もめちゃめちゃ気にするし。 周りの目を気にしないなんて出来る日が来るのであろうか。
型とか、自由って言葉を使ってる時点で他人の目を気にしてると思う。 自分の言葉、自分の行動、自分の外見、自分はどうしたいか、どうありたいかをまず先に考える。 よく思う人も、悪く思う人も同じだけいると思っている。 自分を見る他人の目が±0ならば、自分が好きだったら、+1になるんじゃないかな? ほぼ南沢さんの言ってる事と同じになったけど、自分はこのスタイルで生きてます(笑) あ、今日は七夕ですね! 織姫と彦星は幸せだといいですね。
南沢奈央さん、こんにちは♪ あなたは、若くて才能、可能性のある人です!! 型にはまる、はまらないということに意味が、有るのでしょうか!? 人間としての基本的なルールは、守るべきでしょう♪ しかし、お仕事のうえで、型にはまってはいけない!! なんでも挑戦して、やってみるというのは、良い事だと思います♪ 成長というのは、外見から見て変化があったと見えるものだけでは、ありません!! むしろ内面的な成長が、重要だと思います♪人は、色々な経験から、気付きを得て成長していきますが、それでも、沢山の経験は、出来ません!! 沢山の本を読んでみてください!! きっと、得るものがあると思います!! 出来れば、学校で習った色々な教科のなかから古典を読んでみてください♪ 歴史、恋愛小説、哲学、宗教など、過去の人が、どのように生きたのか!?何に悩み、どのように解決したのか!?大変、参考になると思います!!成長は、こころの成長!! 焦っては、いけません!! 今は、こころの基礎を固めましょう♪ 興味のあることは、何でもやってみましょう♪まだ、若いのですから!! 応援してますよ♪おじさんですけどね♪頑張ってくださいね!!(*^^*)
辞書を調べながら読み終わりました、やはり、私は語彙勉強に励まなければなりませんね。 奈央ちゃんの言うこと、大分理解できました、適応のことですね。 私にとっては、できれば、水のように生けるといいと思います。容器の形は水の形、水はどんな形の容器でも、適応できます。 もちろん、そうするには前提があります。自分の最低限のポリシーを保つこと、節操あることというものです。すべての環境に適応する必要はありません。 一人のファンとしては、奈央ちゃんが自分で選んだ道を歩んでいけるなら幸いだと思います。 奈央ちゃんの選択、応援しています。自分らしくがんばってください。
SoloWingPixyさん
[ 2014/07/07 ]
自由とは自分の中にあって、周りからえるものではないのかもしれませんね!そして、楽しむこと。奈央ちゃんの感想を読んで思いました!
難しいですね…(^^;) 自分は昔、先生に「自分にとっての自由って何?」と聞かれたことがあります。 その時から、何が自分にとっての自由かわかりません。 ただ好き放題に生きてくことが自由とは思わないですし。 自分は社会のルールがあるのだから自由なんて存在しないんじゃないかって思うときがあります。 もし型を抜け出したとしてもまたそこが新たな型なんだと思います。 でも、自分はこの考えが嫌いなんで自分にとっての自由をこれから見つけたいと思います!
科学は案外、基礎が無秩序です。僕はそれを型にはめようとして型作りを10年以上手がけてきました。その結果、散々に辛酸をなめました。「エリート」ほど基本がなってない、というのが経験則です。自由には必ず前提条件があるのが解っていないようです。勉強をやらせれば頭は良いのでしょうが、0から作り上げていける人種ではありません。
奈央ちゃん、こんにちは。 自由…難しいですね。オイラは今までノー天気に生きてきたんで自由なんて改めて考えたことはありませんでした。ただ、高倉健さんが昔何かのインタビューで「健さんにとって自由とは何ですか?」と聞かれて「自由とは孤独との隣り合わせのようなもの…すいません、生意気なこと言って。」と答えていたのが印象に残っています。自由とはその言葉通り、人によってとらえ方は自由ですね。 ところで奈央ちゃんのオススメ本「しゃべれども しゃべれども」を今日から読み始めました。奈央ちゃんみたいに上手く感想を伝えられないけど読み終わった時には報告させてもらいます。 ではでは。暑い日が続きますが体調に気をつけてください。
奈央さん、こんにちは。一週間の読書タイムお疲れ様です!凄く良い文章ですね。自由の本当の意味が分かった感じがします。私も、本を読む時間があれば良いんですけど・・・。奈央さん、これからも自分らしく頑張ってください。応援しています!(^o^)
こんばんは。毎日お疲れ様です。 奈央さんの文章「型に嵌まって自由に!」(勝手にタイトルをつけてすみません。)を読んで、まず「そういえばそうだな」と思い納得しました。その後、思い出したことがあります。 それは、息子の小学校の先生が話してくれた「教育とは、形(かたち)を教え、心(こころ)を育てる」という言葉です。“形”は、礼儀作法に知識と理論などで、奈央さんの言われる“型”に該当するのではと思うし、“心”は、他人(ひと)を思い遣るこころ、自身の信念や夢などではないかと思います。 それと亡き父親から「何事をするのもしないのもすべて自分自身のためで、それを決めるは自分、その結果は自分に返ってくるから」とよく言われました。一応そうしてきて今の自分がありますが、今にして考えれば、型に嵌まるのも嵌まらないのも自由だと言っているようで、その結果を評価するのは自分だということなのかも知れません。 感じたり思ったりしたことを少々長々と書いてしまい、失礼しました。 自分を大切に“一期一会”のこころで頑張ってください。
型とか、或いは伝統とかもそうですけど、ハッキリ言って自然とかのように目に見えるものではないと思います。言い換えれば本当にあるかどうか分かりません。だから先人達は色んな事を苦労して“形”にして来たのだと思います。そしてそれをさらにより良い、みんなが幸せなものにして後世に伝えるのが私たちの役目だと思ってます。 この本を手にした事がないのに好き勝手述べて申し訳ありませんが、奈央ちゃんが本当に一層成長されたような気がして、すごく嬉しくなりました☆〜(ゝ。∂)
僕は奈央さんに人生を変えてもらいました。 昔から勉強が苦手で、目標もなくだらだら毎日を過ごしていました。 そんな折に大好きだった奈央さんの、大学合格の記事を見ました。 「ふーん、この大学に入れば奈央さんと知り合いになれるかな」きっかけはそれだけでした。 毎日毎日勉強しました。気付けばクラスで一番でした。目標があって充実した日々はあっという間にすぎ、いよいよ受験です。 結果は残念でした。 しかし、昔の自分では到底受からなかったであろう大学に合格しました。 今では想像もしていなかった大学生活を送れています、笑 いつかお礼を言いたいと思っていましたが、ここで伝えたいと思います。 奈央さん、ありがとう。大好きです。
奈央さんの熱い想いを拝読させていただいて、ほんとうにすごいと思いました。その感性の豊かさと思慮深さに感心するとともに、尊敬の念を新たにします。 「たしなみについて」...この一冊に対する奈央さんの想いに触れ、型にはまることについてひとつ思い至ったのは、正しい型にしっかり向き合うということが物事の本質を見極める目を養うことにつながるとても大切なことなんではないかということです。そして、いろいろな型に触れ、時には型を破ることに挑戦してみたりすることで、視野が広がり俯瞰した目線で物事が見えるようになり自由を得たような感覚で振る舞ってゆけるようになるんではないかと。 そして、おそらく、自由が最終目的ではなく、その先に求めるものがあるはずと思います。幸福感であったり、人生の充実感・達成感であったり、希望であったり...。奈央さんにも希望に溢れ充実した幸せな人生を歩んでいただきたいと願っています。 奈央さんの文章を読んだだけでも相当に良い人生勉強をさせていただいた感じがしています。本当に素敵な想いを紹介してくださって、ありがとうございます!
MIYAMOTO Kenさん
[ 2014/07/09 ]
僕も仕事をして自由とは何か考えたことがあります。奈央ちゃんの言う通り型にはまったほうがいいのかもしれません。難しいことですけど。 奈央ちゃんも難しいこと考えていますね。 奈央ちゃんは読書家なので知識が豊富なのでしょうね。 仕事していると組織の中の自由とはなかなか難しいことです。 僕自身はまだ答えを見つけられません。 奈央ちゃんお仕事も大変でしょうが自分なりに自由を見つけて楽しみながらお仕事頑張って下さい。 一生応援しています。
こんな曲があります。 「僕が僕であるために」(尾崎豊) 「僕であるために」(FLYING KIDS) いつの時代も自分が自分らしくあるために、悩み学んで歩み続けるということですね。 十人十色、人の数だけ価値観があり、自由の価値観もまた人の数だけ。 難しいですね。
ジョージ秋山さんの、「浮浪雲」を是非、読んでみてください。 僕のバイブルです。 目から鱗になりますよf(^_^;
こんばんは。7月7日付けの“記事”への二度目のコメントです。 昨日(7/08)のコメントを読み直したところ、奈央さんの記事の趣旨から少し横道にされた内容になっていたようで、失礼しました。ただ、どう考えてどのように生きていくかは、自分が決め、その結果に責任をもつということを言いたかった次第です。奈央さんの思慮深い“思い”には同感ですし、改めて敬服します。 ところで、『たしなみについて』の本を書かれた随筆家の白洲正子さんは、「従順ならざる唯一の日本人」とGHQの某要人に言わしめた白洲次郎氏の奥さんですね。以前、白洲次郎氏のドラマを観たことがあり、正子さんのお名前は知っていました。『たしなみについて』を読んでみたくなりました。 一日一日を大事に、体調や怪我にお気をつけください。
白州さんと奈央さん、 哲学的思索のあとを感じられる所が似てます。 白州正子さんは、 世の中の価値観が激変する時代にあって、 信念を貫きつつも適応できた人だったようですね。 能を嗜みながら、海外留学をしていたり、 文章からは少しやんちゃ心も感じられたり、 自由闊達な心を持たれていたと思われます。 「型にはまる」は「役を演じる」と、 奈央ファンとしては連想されます。 これまで奈央さんは、竹宮芽衣、猪野ミキなど、 様々な女性を演じ分けて来ました。 それは私達には女優としての歴史なんだけど、 そのホントの詳細はプライベートを含めて、 心の内で積み重ねられているはずです。 女優として、というよりも、人として、 オリジナリティーの源と思います。
現実から逃れる為の型破りをしている人が多い様な気がします。 自由って自己責任が必ず必要になります。 思い通りにならない現実を自由に生きるためにも他人のせいにしないことが単純なようで一番大事なことの様に思います。 その為にも、自分の選択を他人に委ねたり依存しないことが大切だと思いますし、散々苦しんで自分が得た価値観です。 価値観は人それぞれだけど、共通して最低限の当たり前の価値観を持っていればニュースに多い哀しい出来事も少なくなるのになぁ・・・と思います。 応援してます。頑張ってください。
白洲次郎・正子とは面白いところに目を付けましたね。 郷紳にして、高踏的。もう出てこない人種ですね。 この前、小学校の訓導をしている友人と国語教育の話になって「定型詩も解らない子供に自由律の詩が書けるか」「子供に読書感想文という『書評』を課すのは無理ではないか」という二点が俎上に上がりました。 故・丸谷才一も「定型詩や古典をよく読ませることが大事」と云っていたのを思い出し、これらの話は今回の「型」と「自由」と大きく関係するな、と。 まず伝統的な「型」や基礎・教養となる「古典」を学ばないで、自分流に崩す―「自由」になったという錯覚―は「学而不思則罔、思而不学則殆」そのものですよね。 自戒を込めつつ。
悩んでます?(^_-) 大人のひとに恋しちゃってる?^ ^ なおさんの夢や目標、教えてほしいな〜^ ^
難しいですね。 人と違う事はしたいと思うけど、失敗して目だったりするのいやですからね。 最近、難しい事は考えられなくなっている自分がいます。 とにかく、今の型(仕事)を精一杯こなして、輝く事を考えてます。 そん中で、成果が出れば、型を破る事になるのかな? 私は、それでいい気がする。 ところで、こんな事をテーマにするなんて、奈央ちゃんらしいね。 今後も、ここでしか書けない事をドンドン書いていってね。
奈央ちゃんの読まれる本は僕にも共感できる部分が多くて、とても楽しく読ませてもらってます! 本質って難しいですよね。字面では理解してもなかなか実感を持って受け入れられるものではないと思います。経験があって始めて言葉が見にしみるのではないかと思います。奈央ちゃんがお好きな落語など、芸の世界にもそんな本質をたくさん感じる瞬間があるんじゃないですかね。たくさん素敵な経験をしてください。
なんだか元気が出たので明日も頑張ります!
奈央ちゃんの図書紹介で 本屋で立ち読みしていたら、 流れるような文章と 目まぐるしい話題の展開が 心地よくて、購入しました。 私には、白洲正子さんの文章から、 奈央ちゃんとは、違う思いを持ちました。 型は、自分の意思とは関係のない 「他人の評価に収まること」。 自由とは、他人の評価に基づいたルールの中で 自分の意志で行動できること。 「自由とは、無条件に行動できることではない」 という風に、読み取れるんですが、 いかがでしょうか? 状況に応じて、臨機応変に 自分の意思を通すのは難しい。に違いない。 奈央ちゃんらしい、企画ですね(^^)
白洲さんのお話、興味深く拝読しました。彼女は能楽もたしなみます。「型にはまらないのも型」というのは、 世阿弥のいう「序・破・急」、 「格に入りて格を出ざる時は狭く、また格に入ざる時は邪路にはしる。格に入り、格を出てはじめて自在を得べし。」 という松尾芭蕉の言葉:『俳諧一葉集』、 さらに時代が下って、江戸時代の茶人川上不白の提起した 「守・破・離」にも通じます。 また、以下にご紹介する言葉も、作家の書いた言葉の世界を、身振りと表情と声で<再創造>するお芝居の世界にも通じるものでしょう。パブロ・カザルスも、演奏の在り方について「秩序ある自由」ということをいつも唱えていました。 「死ぬまで進歩するつもりでやればいいではないか。作に対したら一生懸命に自分のあらんかぎりの力をつくしてやればいいではないか。後悔は結構だが、これは自己の芸術的良心に対しての話で、世間の批評家やなにかに対して後悔する必要はあるまい」夏目漱石 「音楽は何かの手段であってはいけないんだよ、自然にあふれている音楽は自分を誇ろうなどとは思っていないのだよ、自分自身を音楽にしなさい、内からあふれてくるところを」:『ジャン・クリストフ』ロマン・ロラン ※音楽の素人のゴットフリートおじさんがクリストフに諭す場面。 チェリストのB.GreenhouseがCasalsから受けたレッスンについての回顧― 「渡辺 和 1996年7月6日、マサチューセッツ州ウェルフリートの自宅にて CASALS HALL FRIENDS 4 より」 『 バッハの二短調の組曲(第2番)を習ったときのことです。カザルスは、あらゆることを彼と同じにするよう要求しました。彼が座ってあるフレーズを弾くと、私がそれをまったくまねする。ボウイングから何からまったく彼がやるのと同じように弾く。次のレッスンでは、別の数ページを同じようにやる。3週間の間、カザルスの完壁なコピーとなったのでした。とうとう、私はまるでカザルスその人のように全曲を演奏できるようになりました。ところが不思議なことに、やがて私は彼のできの悪いコピーのように感じられてきたのです。 で、ある日、彼は私にチェロを脇に置くように言い、バッハのその組曲を弾いてくれたのです。あらゆる部分が違っていました。ボウイングも、フィンガリングも全部違っていて、私に彼が教えたものとはまるで別物でした。で、彼はあの素晴らしい組曲を弾き終えると、 「さあ、これがレッスンだよ。君はこの曲をとてもよく知っている。あらゆる音符、あらゆる指使い、あらゆるボウイング。さあ、これからは君が自由に即興するんだ。即興できるほどよくこの曲を知ったのだから。そのうちに、新しい楽想や、新しい構造を考えつくだろう」 それがカザルスから受けた、最後のバッハのレッスンでした。 いまに至るまで、私は各組曲を何年も勉強していますけれど、座ってバッハを弾くときには、決して二度と同じには弾きません、だって、組曲のあらゆる音符を知っているのですからね。 演奏の場で創造的になることがチャレンジなのです。 』 カザルスのエピソードは、白洲正子さんや松尾芭蕉のスタイルにそのまま通じます。 「稽古」ということばも「古=いにしえ」を「稽=かんがえる」ということ。 数百~数千年の時に試練を超えて現代に残る古典や言葉や文字から、21世紀の人類が学べることは多いです。
過日の追加。白洲正子の随筆(十一面観音や秘仏に関しての随想など面白いですね)もいいですが、(もう読んでいらっしゃるかとも思いつつ)和辻の「古寺巡礼」「風土」「日本古代文化」「日本精神史研究」なんかもお勧めします(書かれた時代が古いので色々な批評や批判もありますが)。 あと、ちょっと方向が違いますが、志賀重昴の「日本風景論」も面白い(読みづらいですが)。長谷川堯の「建築有情」なんかは読みやすいし、日常の生活空間の見方にちょっと刺激が加わるかも。 海外物だと、ラスキンの「ヴェネツィアの石」とか。 人間のつくってきたもの、美、審美、人間を取り巻く環境についていろいろ考えさせられます。
余談を少しだけ… 水に例えた「自由に対する心の持ちよう」― 宮本武蔵を主人公にした『バガボンド』という漫画にも描かれていました。(たしか35巻だったはずです) 剣豪の話なので物騒な描写もありますが、この巻あたりは哲学的な思索が中心なので、武蔵も比較的大人しくて安心です。(野良仕事ばかりしています) 宜しかったら一度手にとってみて下さい。
がんばります!
がんばります!
難しい事ですね。 自分の友人に自由奔放な方がいらっしゃいますが、それはそれで相当な苦労をしているようです。 それを見て自由とは決して楽なものではないと感じました。 権利に義務があるように、自由には負わなければならない責任も生じてしまいます。 自分にあったさじ加減を見つけたいと思います。 余談ですが南沢さんの赤十字での活動に感化されて最近、地元岐阜の学生献血ボランティアをはじめました。 8月の2日の活動では自分が指揮をとります。 より多くの方にガクケンと南沢さんの活動を認知していただけるよう頑張りたいと思います。
ぼくはまだ高校生であまり本を読んでないのですが、大学に合格したらたくさんの本を読もうとおもいます! 塾の人がいってました。 知識は世界を分節化して具体的にしてくれるって、、、 たくさんの知識を蓄えて頑張ります!!
kumasanさんの小論、感服。 「大自在の妙」とは、ですね。
この年齢で“その”考えに到達するのは凄い事だと思います。 しかし、それからが難しいのです…。 僕にとっては“自分の評価を信じて…”が難しいです。 自分の不安定さったら無いです…。 そこに、たどり着こうとしている姿が素晴らしいと思います。 改めて見習いました。
奈央さん、こんばんは! 前回のブログから拝見しました。たぶん、これからのお仕事の方向性などのお考えだと思いますが Sweet Power という事務所のタレントさんを見たら 内山理名さん、堀北真希さん、黒木メイサさん が所属しているスゴいとこなんですね(知りませんでした(・_・;)。 私は 立花 隆 さんの「脳を鍛える」という本の中で 「これから思想の大海に漕ぎだそうとしている君たちに与えておきたい一般的注意があります。まず思想の持つ 怖さ を知っておけということです。特定の思想は、特定の人に恐るべき吸引力を発揮します。そういう相手と早いうちに出会ってしまうと、他のものが何も見えなくなってしまい、生涯そこから抜け出せなくなります。そういうトラップに落ち込まないようにするためには「絶対の真理なんてものはない」という事を知っておくことです。まず、いかなる思想にものめりこまず、ハマらず、必要以上に尊敬したりせず、軽い気持ちで接触する事が大切だということがわかります。思想においては、花から花へ飛び回る蝶のように、浮気したほうがいいんです。崇めたてまつってはいけません! 宗教とか思想というものは、ある時代の誰かが頭の中でこしらえて、頭の中からひねりだした一連の命題です。どんな大思想と言われるものでも、笑ってしまう他ない珍妙な部分があります。そういう部分でちゃんと笑える事が、精神的に健康であることの証しなんですが、若いうちから何かにノメり込んでしまうと、そういう健康さを失ってしまいます」 という部分がスゴく共感できるんです。私も、もっと若いうちにそういう知識があれば良かったんですが・・・。 奈央さんは、すごく真面目な方なんですね。 やっぱり奈央さんの人生は奈央さんのもの。ファンはそれを見守るだけじゃないかな? あまり気になさらないほうがいいと思います。 長文、失礼しましたm(__)m
Thanks for the sensible critique. Me & my neighbor were just preparing to do a little research about this. We got a grab a book from our area library but I think I learned more clear from this post. I am very glad to see such wonderful info being shared freely out there.
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